油断禁物!春の涸沢2004430日―5 2日 上高地〜涸沢紀行)

20代前半から30代前半の間はあまり山に行っていない期間があったものの、高校入学から登山を始めて、20数年が経っている。ところが、未だに穂高の山頂はおろか 涸沢にさえ行ったことがない。今年のGWの連休を利用して涸沢へ行ってみることにした。

上高地をぶらぶら歩き、涸沢でビールでも飲んで穂高を眺めようという軟弱?な計画である。

上高地〜横尾〜槍見河原

高校時代の後輩であるNS君と30日の夜 自宅を出発。諏訪のS.Aで仮眠を取り、朝6時過ぎに沢渡に到着する。早速、上高地行きのバスへ乗り込む。車内は早朝ということもあり、観光客は皆無で、全員が登山者である。ピッケルの他にザイルやヘルメットを持参している“本格的なクライマー”らしき方も多い。最近 奥多摩や丹沢でよく見かける団体さんは居ない。やはり雪の残るこの時期に入山する方々は、“気合の入った”登山者ばかりのようである。我々のように、涸沢まで行ってビールを飲んでくつろごうなどという者は、あまり居ないのか? 

早朝の上高地は、雲一つなく穂高の山々が美しい。まだ人の少ない河童橋でお決まりの記念写真を取り、小梨平のキャンプ場を8時すぎに通過する。このキャンプ場は、20年以上前の高校時代にNS君と 槍から鷲羽岳・烏帽子岳へ縦走した際、初日にテントを張った思い出深いキャンプ場である。その後9時には明神に到着。穂高神社奥宮を参拝し、明神小屋でおでんや岩魚を肴に早くもビールを飲み、一時間近くのんびりと過ごす。

 

その後 ゆっくり歩いて 徳沢から 本日の宿泊先である横尾山荘に昼過ぎに到着。

涸沢方面・槍沢方面の分岐点であり蝶ガ岳へ登山口である横尾は、さすがに多くの登山者で賑わっている。まだ夕刻まで時間があるので、一度チェックインした後、槍見河原を目指す。

横尾から樹林帯の中はさすがに残雪が多く残り、登山者も少ない。45分ほど歩き、槍の姿を見ることのできる槍見河原に到着。

ここで20年以上前槍が岳を目指して縦走した際に、この場所で重いキスリングをおろして一本休みを取った記憶が突然蘇る。実は上高地から横尾までの途中の道や明神や徳沢の様子などは全く記憶にないのだが、なぜかこの槍見河原で休みを取ったことだけ唐突に思い出したのである。ちなみに同行のNS君は、まったくこの記憶なしとの事。

この場所でコンロでお湯を沸かし、遠くの槍を眺めながら、一時間ほど昼食やお茶を楽しんだ後、小屋へ引き返すこととする。

帰路を歩き始めると、突然右膝が痛くなってくる。この日程でほとんど傾斜のある道を歩いていないのに この有様は一体?3週間前の丹沢・蛭ガ岳の後遺症か? 一抹の不安を抱え15時前に小屋に帰着。横尾小屋は、噂に聞いていたが、素晴らしい小屋である。

我々は2階の一室6名のベットルームに入室。布団も綺麗だし、立派なお風呂に2回も入って その晩は熟睡。

 

横尾〜涸沢

翌朝も素晴らしい晴天である。前穂高の姿がとても美しく、小屋の前のベンチから眺めていると
思わず時間を忘れてしまう。あまりのんびりもしていられないので、朝食後6時半すぎに

横尾を出発。左手に屏風岩を眺めながら、残雪の残る樹林帯を進む。

一時間弱で本谷橋に到着。このあたりから 登山者の数がかなり増えてくる。

既に下ってくる登山者もおり、右側がガケ、左側が沢の雪が溶けたガレた細い登山道では、慎重にすれ違う。涸沢谷の谷底の雪渓の雪はシャーベット状で、アイゼンなしで滑って登れないということはないが、それでも通常の登山道と違い、余計なエネルギーを使う。

 

周囲も苦しげな表情で登る登山者ばかりだ。最もまわりはテント幕営用具一式やスキーを担いでいる方が多く、我々よりキツイのはあたり前である。

途中、我々も持参した軽アイゼンを装着。しばらくするとようやく涸沢小屋の名物の鯉のぼりが見えてきた。幸い、昨日調子の悪かった右膝も登りの際にはあまり痛くなく、途中 何組かのグループを追い越して 9時半、涸沢小屋到着。

  

素晴らしい天気に、素晴らしい展望である。下から見上げると ザイテンクラードには蟻の行列のように多くの登山者が列をなして登っているのが見える。右手の北穂高への登山道も同様である。

 

一瞬、涸沢岳あたりに登ってしまおうかという衝動に駆られる。ここ涸沢まで来て、しかもこの天気である。次回来た時に、こんな天気に恵まれるとは限らないではないか!!

しかし、結局またおでんをツマミにビールを注文。穂高を眺めてビールを飲むという

今回の山行の当初の目的を達成し満足感に浸る。

 

涸沢〜上高地

ビールで乾杯の後、食事を取り、食後のコーヒーなどを楽しみ 11時前に下山を開始。

下りは、雪の中にずぼずぼと足を踏み入れながら、一気に降りる。

苦しげに登ってくる方とすれ違いながら、調子良くどんどん下っていたが、胆を冷やす出来事が 下山開始から一時間ほどの本谷橋手前で発生。右手に沢、左側がガケの細い登山道で、登ってくる登山者のために右側の体を寄せていたNS君が足を滑らせてしまったのだ。“あっ!危ない!”周りの方も思わず声を上げたが、バランスを崩した彼は そのままザックの重さに引かれるように、背中から沢に転落。“大丈夫か?”幸い彼はびしょ濡れになりながらも 

すぐ立ち上がった。“大丈夫です!”

打ち所が悪く 頭でも打っていたら?とぞっとする出来事であったが、肘をかなり擦りむいたものの、その肘以外のケガはなく一安心する。

びしょ濡れになり意気消沈してしまったNS君であったが、靴下を替え、気を取り直し、横尾へ戻る。そこで今日2度目の昼食?のラーメンを食べ、上高地へ向う。

しかし、横尾を出てしばらくして 今度は私の右膝の痛みがひどくなり、ほとんど平坦な道にかかわらず、ペースが極端に落ちる。夕刻近い上高地への道は、散策する観光客が多くなるが その観光客にさえ追い抜かれるほどの歩行速度である。重い足取りで、観光客で賑わう河童橋に到着したのは、16時半となった。

 

後書き

山行計画の際にいつも悩むのは、実際の登山の行程の事よりも 道路の渋滞と宿泊場所である。今回は、往きの首都高の事故渋滞に巻き込まれたものの 帰りは、3日の朝に沢渡の宿を出たので、ほとんど中央高速の渋滞には巻き込まれず、帰宅できた。

宿泊場所に関しては、涸沢に宿泊することも当然考えたが、GWの最中 恐らく大変な混雑になると予想して、横尾小屋に泊まることにしたのである。横尾山荘も もちろん大勢の登山客が宿泊していたが、ベットで熟睡することができた。

 

山中では見事な快晴に恵まれた事もあり、春の涸沢の素晴らしい展望を楽しめた。

この快晴の中 どの山のピークにも立たなかったことはもったいないな〜とも感じたが 

実際、今回の(余裕あると思っていた)コースでさえ、下山時右膝に痛みが発生したことを

考えるとちょうど良かったのかもしれない。またNS君の転落事件も、どんな場所でも登山中は油断禁物ということを再認識する出来事であった。

今回はどの山にも登らなかったが、北アルプスの素晴らしさは堪能できたし、“いつになるか

わからないが、穂高へ登りに涸沢へ再び来よう!“と次回の意欲を掻き立てた今回の山行

であった。

 

                                      以上



                            
          

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